原発ジプシー 2/3 『労働』

 僕が原発に反対する理由は、
他に代替エネルギーがあるからとかのそんな合理的でだれもが頷くような理由ではなく、
原発反対だと言おうとしたときに「そんなことは二の次だよ」と切り捨てられがちなモラルが理由です。
モラルとは何を指して言っているのかは原発の労働環境から記述していきたいと思います。


被爆治療83日間の記録
※PDFです

―看護記録に記された大内の言葉には我慢の限界を超えた叫びが多くなっていた。
「もう嫌だ」「やめてくれよ」「茨城に帰りたい」・・・・・・・・「おれはモルモットじゃない」―


―「臨界の起きる可能性については知らされておりませんでした。」―

 これらは実際に起きた東海村JCO臨界事故の記録です。
通常人間は7シーベルト以上浴びたら確実に死にます。2シーベルト(2000ミリ)で20人に1人が死ぬと言われてます。0.1シーベルトで100人に1人が放射線が原因で癌になると言われてます。
無論症状に個人差はありますが、大内さんの浴びた放射線量は17シーベルトとされています。
いつ死んでもおかしくない状況の中で大内さんは83日間闘い続けました。

「俺はモルモットじゃない」
日本では人間の「積極的安楽死」は今ですら一般的ではありません。
これははじめから負け戦とわかっていたのに、
安楽死ができないのならと、患者やその家族に助かるかもしれないと言い、
医療の記録のために患者に二ヶ月以上に渡って延命処置を施した医療における道徳的な問題でもあります。


白血病による死。


―両親が知りたかった息子の被ばく線量は、すべて放管手帳にあった。嶋橋さんの死後、何度も手帳を返してくれるよう掛け合った。やっとの思いで手に入れた手帳は、至るところに赤い訂正印が押されていた。多くは被ばく線量数値の訂正で、嶋橋さんの死の翌日に行われた部分もあった。

「通院中だったのに健康診断の結果、作業従事可とされていたり、入院中にもかかわらず職場の安全教育を受けたことになっていたり…。健康診断もそう。白血病と診断される一年半前、白血球数が一万三千八百と、異常に高い記録があった。それでも判定は『異常なし』だった」―

 嶋橋伸之さんの労働における被曝量は50.63ミリシーベルトだけの被曝とされてます。
ただ上記に記載されているように数多く訂正された後の50.63ミリシーベルトです。

―「事故を起こさないために最も大切な整備や検査は、伸之のような下請け作業員の手に頼らなければ原発は動かせない。
 自分の責任を果たすため、誇りを持って働いている人が、被ばくし続けている―

 しかし、原発作業に携わって被害を被っているのはこういった熟練の作業員だけではなく、実情はこれだけで終わりではないのです。

原発奴隷

 原発の作業、とくに定期点検では高濃度の放射線量が放出され大変危険な作業となります。
そこで多量の放射線量を浴びるために一時雇用者が大量に必要となります。

 なぜ"大量"に、そして"一時雇用者"なのか、
それは『一人の人間が被爆できる量は限られている』ため、
人海戦術として短時間で原子炉内の清掃や整備をするためなのです

 この作業に従事する多くの人たちは行き先を失った世の中にあぶれてしまった棄民者(生活困窮者、ホームレス)たちです。
つまり原発原発に対して知識のない大量の一時雇用者の被ばく労働によってなんとか維持されてる状態なのです。
法で訴えられない程度に汚染しきったところで彼らは解雇されます。

 この人たちは短期間の被ばく労働で終了する、のが表向き(どんな表だよと言われてしまうかもしれない)ですが、偽名で再登録してまた働く人もいます。

―『ホームレスは、間違いなく、そのような仕事に就く覚悟ができている。原子炉の掃除や、放射能漏れが起こった地域の汚染除去の仕事をすれば、一日で、建築作業の日当の倍が支払われる。いずれにせよ、建築作業には、彼らの働き口はめったにない。
大部分が、新しい職のおかげで、社会に復帰し、さらには家族のもとに帰ることを夢見る。一旦原発に入るとすぐ、数日後には使い捨てられる運命にあることに気づくのである。』―

 彼らが原発の労働力として選ばれる理由はシンプルです。
彼らはもともと身寄りがないために誰に言うこともない。
不満があっても知恵も余裕もないために、訴えることもかなわない。
こうして子孫も残せない体になり、放射能による倦怠感に苛まれ、歩行障害を起こしたり、癌や白血病になったりして多くの人が闇に消えていきます。

 動画内では2ミリシーベルト浴びたことを0.8ミリシーベルトに訂正されたことを元原発労働者の方がおっしゃってます。

 世の中は不況で、仕事もなかなかみつかりません。
原発は世の中にあぶれた人間の労働力、その人たちが抱く希望責任感につけ込み、
彼らを犠牲にすることによって成り立っているのです。
最後に行き着く先が原発であるという、これは社会システムのもたらす悲劇でもあります。

 下請け労働者が口を揃えて言うセリフが、各電力会社はこのような状況をよく理解していることを表しています。
「電力会社の社員が直接原発にきたのを俺はみたことがない」